仕事を振り返ったとき、「あの仕事が自分を変えた」と思う瞬間がありませんか?
私にとっては香川の教育研究機関との仕事がそうでした。
仕事先の先生は私より20近く年上で、組織の中でも一目置かれる存在。複雑な状況になると、誰もが判断を仰ぐように視線を向ける人でした。
感情に流されず事象を整理し、優先順位をつけ、淡々と、でもチャーミングに方向を決める。
当時の自分の周りにはいないタイプの仕事人に、30代の私は「いつかはああなりたい」と憧れました。先生ならどう判断するか。どう言えば角が立たないのか。どこで引かないのか。
そこで先生を「社外にいる上司」だと一方的に決めて、仕事のやり方を一心に吸収しました。
10年前、先生が早期退職で長崎に移住することになりました。お別れ会でも、その後の年賀状でも、メッセージは「いつでも長崎に来てください」。「はい、必ず行きます」と答える私。
ただ問題は、「いつなのか?」
コロナがあり、立て続けに子供たちの受験があり、約束は果たせないまま。
でもその機会は不意にやってきました。
出張です。
仕事の前日、移動日を休暇と決め長崎へ。九州新幹線を新鳥栖駅で降りて不安になり、何度も「リレーかもめ」の切符とスマホ画面を確かめます。途中で西九州新幹線に乗り換えて、中学の修学旅行以来の長崎に到着。駅の改札では先生が待っていました。
食事をしながら長崎での近況をお聞きし、私も今の仕事の話をしました。あの頃とは業務内容は変わったこと、その理由は、と話すうちに……あれ、ちょっと愚痴っぽくなってない!? ハッと口をつぐむ私。すると。
「それはつまんないですよねえ」。私の理由を聞いた先生が言いました。
そうなんです、つまんないからやめたんです。
私はいつも誰かにこの話をするたび、「自分の選択は間違っていないんだ」と言葉を尽くして証明しないといけない気がしていました。
だけど先生は肯定も否定もなく、ただ受け止めてくれました。いいんだ、これで。すっと力みが消えました。30代のままの私じゃなくても、あの頃と同じ仕事をしていなくても、今の自分を社外上司に報告できたらそれでよかった。
その後コーヒーを飲み、街を案内してもらい、そこで別れました。まるでいつもの仕事のように。
出張先に向かって出発するまであと2時間。私は修学旅行以来のグラバー園でひとり、見晴らしのいい庭から長崎の港をぼんやり眺めました。
これがいまの先生の日常の風景なんだ。
人生の限られた数年、一緒にお仕事をした日々のきらめきが夕暮れの光を受ける海の景色に重なり、よりいっそう美しく見えました。
もう近くで社外上司と仰ぎ見ることはできなくても、先生から学んだことが私をつくり、明日新たに任される仕事につながっている。
私は心の一部を長崎に残したような気持ちで、出張先へと向かいました。
(毎月1回「寅の日」に連載。次回は9月25日予定)
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