vol.21

讃岐一景を訪ねて_vol.06

「建築王国」誕生の背景にある政治と芸術の融合

 1950年から1974年まで香川県知事を務めた金子正則は、「政治と芸術は一つのものである。ともに人の心を豊かにするために捧げなければならない。」との信念のもと、政治と芸術の融合を図るため、著名な芸術家を招き、豊かさを追求していった。この取り組みの中でも代表的なものが、1958年に完成し、戦後に建設された行政庁舎として初の重要文化財に指定された香川県庁舎旧本館及び東館であり、知事を退任する1年前の1973年に完成し、1970年代初の重要文化財指定となった瀬戸内海歴史民俗資料館を挙げることができる。
 この2つの建造物の他にも、県庁舎を設計した丹下健三による、県営住宅一宮団地(1958-1964)や旧香川県立体育館(1964)、駒沢公園オリンピック体育館を設計した芦原義信による旧香川県立図書館(現:アイパル香川)(1963)、国立能楽堂の設計者としても知られる大江宏による香川県文化会館(1965)など、総合芸術とも呼ばれる建築を通して豊かさが追い求められていった。この動きに呼応するように、民間でも日建設計が百十四銀行本店ビル(1966)の建設や、坂出駅前には高度経済成長を象徴する大髙正人による坂出人工土地(1968(第一期))など、1960年代の香川県は百花繚乱のごとく、県内各地に建築家が作品を咲かせていった。このことから、香川県はいつからか「建築王国」や「建築天国」と呼ばれるようになる。
 そして、まさに、この「喫茶 城の眼」も1960年代に咲いた大輪のひとつなのである。


建築考01_背景を紐解く

 まず、「喫茶 城の眼」が開店(昭和37(1962)年3月)した際に作成された案内状を紹介する。
(※太字の文章が案内状に記述されている文章)

開店のご挨拶

 このたび下記のところに、各分野で活躍されている芸術家・専門家のかたがたのご協力をえて、喫茶“城の眼”を開店いたすことになりました。当店の郷土の石を素材として、あたらしい角度から、これを生かしてデザインしていただいたものです。建築・美術・音楽・音響技術のひとつの綜合といった斬新な感覚にみちたこの店の雰囲気は、きっと皆様のあたらしい憩いの場所としてふさわしいものと信じております。
 モダン・デザインの空間のなかでしずかな憩いの時間を……。皆様のおいでをお待ちしております。

喫茶 城の眼

高松市紺屋町2の4・日興証券東・日本銀行まえ・TEL(2)8447

現在の電話番号:087-851-8447
定休日:日曜日・祭日
営業時間:9:00〜18:00

「喫茶 城の眼」へ改修する工事には、以下の専門家が担当している。
※本物件は新築ではなく、昭和30年頃に建設された既存の木造建築を改修している。

建築設計・ファサード:山本忠司
室内デザイン:田中充秋
石彫レリーフ:岡田石材石彫研究室
音楽デザイン:秋山邦晴
音響技術:奥山重之助


 店内北面の石壁は、近代建築の三巨匠の一人に数えられるル・コルビュジエ(国内では東京上野に建つ国立西洋美術館が唯一の作品)の弟子の一人としても知られる前川國男(近隣では岡山県庁舎等が有名。この石壁は県内では唯一の前川作品と言われている。)がニューヨークで開催された万国博覧会日本館(1964-65)の外壁デザインのために設計したテストモデルが取り付けられている。石彫デザインは流政之が担当している。
 建築設計及びファサード設計は、香川県の営繕課の建築技師であった山本忠司が担当している。山本は多くの公共建築の設計を手掛けており、代表作には1970年に建設された建造物として初めて重要文化財に指定された瀬戸内海歴史民俗資料館がある。重要文化財香川県庁舎旧本館及び東館が建設された際にも県の技師として関わり、設計者の丹下健三から影響を受けた。(山本忠司が丹下健三の弟子等と記載される記事が見られるが、それは誤りである。なお、丹下健三は上記で紹介した前川國男の事務所の所員として腕を磨いた時期がある。さらに、後記するジョージ・ナカシマも前川事務所の所員として勤務した経歴を持ち、前川國男との結びつきが強い。)

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