路上観察学会が香川県にやってきた!?
民俗考01_35年前の香川県
21世紀を目前に、香川県は置県100年を迎え、瀬戸大橋の開通(1988年)、新高松空港の開港(1989年)、四国横断自動車道(高松西~善通寺間)の開通(1992年)という「香川三大プロジェクト」が相次いで実現し、新しい時代への県民の期待が高まっていました。
同時に、高速交通体系の整備や情報化の進展に伴い、さまざまな交流が各地域で活発化した時代でもありました。こうした「交流の時代」を迎える中で、それぞれの地域が持つ個性や魅力を生かした地域づくりが求められていました。いまのような「香川といえばうどん」、「香川といえば瀬戸芸(瀬戸内国際芸術祭)」というイメージも、まだ形づくられていませんでした。
そうした中、『香川県21世紀長期構想』では「個性豊かな地域づくり」を掲げ、香川の自然・歴史・文化の魅力を再発見し、地域独自の新たな魅力を創り出し、県内外へ発信することが目指されました。まさにイメージアップを積極的に進めようとしていた時期だったのです。
こうした「地域の魅力を再発見する」という流れの中で実施されたのが、「ふるさと再発見事業」でした。『香川県21世紀長期構想』や『香川県21 世紀長期構想事業計画 平成3 ~7年度』の中には、「ふるさと再発見事業」の名称は見えません。『IMAGEUP KAGAWA パンフレット』からは、県内各地の魅力を見つけ出し、その情報を県民から広く募ろうとしていたことがわかります。いわば県民ぐるみで、次の100年に向けて香川の魅力を探し直そうとしていたのかもしれません。
民俗考02_「ふるさと再発見事業」とは
このイメジーアップ推進事業の一環として平成3年度に実施されたのが、「ふるさと再発見事業」でした。当時のことは、『路上観察学会 讃岐路を行く−ふるさと再発見事業実施報告会−』パンフレットや参加者の方が保管されていた当時の配布文書からその熱気をうかがい知ることができます。さて、事業にあたって白羽の矢が立ったのは、当時、新たなムーブメントを起こしていた路上観察学会でした。今ではなかなか考えられないチョイスのように思えるかもしれませんが、路上観察学会は、まず東京の自治体の事業に取り上げられ、その後、地方自治体にも広がっていきます。地方では岩手県が最初に招聘し、香川県はそれに次ぐ2例目だったのです。その後、2000年代初め頃まで、様々な自治体や当時の建設省などが招聘して、地域に潜在していた風景を切り取り、顕在化させていきます。

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