民俗考03_日常の風景の中に新たな発見!
事業の目的は、路上観察学の手法で、これまで見過ごしてきた「街の顔」を再発見し、香川県への誇りや愛着につなげることでした。募集要項には、観察する物件だけでなく、その採集方法まで丁寧に示されています。身近な街を新たな目で見つめ、その魅力を発見してほしいという、当時の担当者の思いが伝わってきます。
そして1991年10月23日、まず赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊、林丈二、松田哲夫、井上迅の6名が高松空港に降り立ちました。翌24日には杉浦日向子が合流。26日までの4日間、県内各地を歩き回りました。4日間で撮影された写真は、なんと約4,000枚に及びました。単純に人数で割れば、1人あたり500枚を超える計算です。短期間の調査でありながら、香川の日常風景の中から、膨大な数の「気になるもの」が発見されたのです。
ふるさと再発見事業で、路上観察学会のメンバーに新たに見つけ出されたものは、鬼瓦や火の見櫓、狛犬など、普段は見過ごされがちなものばかり。日常の風景の中に潜んでいた、新しい「香川らしさ」を発見する試みとなりました。なかでも数多く取り上げられたのが、屋根や塀を飾る瓦でした。大棟の飾り板をはじめ、降棟や塀には七福神、虎・鯛・鯉などの動物、さらには野菜まで、実に多彩な意匠の瓦が見られます。
1991年の「ふるさと再発見事業」で採集された「物件」を写したポジフィルム(マウント仕上げ)が、学会事務局に保管されていました。マウント部分には、撮影場所や撮影者がマジックで書き込まれています。当時の事業を伝える資料であるだけでなく、今となっては35年前の香川県の景観を記録した貴重な歴史資料とも言えるでしょう。
民俗考04_路上観察学会による現地調査
さて、当時のことを参加者が保管していた文書や林丈二氏のメモ1から少しまとめておきましょう。
1日目
路上観察学会のメンバー6名は、午前中に高松空港へ到着し、マイクロバスで移動しました。満濃池で昼食をとった後、JR琴平駅へ向かい、駅舎や駅前広場を見学。このことは四国新聞などで取り上げられています。ただし、この行程は当初予定から変更になっている模様。
さらに駅前通りを歩き、金刀比羅宮北神苑の高灯籠を観察しました。その後は①観音寺・伊吹島、②豊浜・大野原、③仲南・財田・山本町、④詫間・粟島、⑤仁尾・詫間・三野・高瀬・豊中町の5班に分かれ、西讃地域を中心に路上観察を行いました。林丈二氏の日記によれば、林氏の班は山本町から仁尾町、詫間町、高瀬町、豊中町へと巡っています。
2日目
観音寺駅からJRで坂出駅へ移動し、ここから杉浦日向子氏が合流しました。午前中は坂出市内で、午後からは①善通寺市・多度津町、②丸亀市本島、③丸亀市広島、④善通寺市、飯山、綾南、国分寺、宇多津町、⑤善通寺市・満濃・琴南・綾上・綾歌町、⑥小与島に分かれて観察が行われました。林氏は善通寺市の自衛隊駐屯地や世界館などを観察した後、飯山町、宇多津町へと足を延ばしています。
3日目
坂出駅からJRで高松駅へと移動し、午前中は高松市内で午後から①引田・白鳥・大内・津田町、②大川・寒川・高松南部(仏生山周辺)、③高松東部・牟礼・志度町、④牟礼・庵治町、⑤三木・長尾町、⑥直島に分かれて巡りました。林氏は高松市内で弘憲寺、住吉神社、恵比寿神社、真行寺、番町周辺を観察した後、船で直島へ向かいました。
直島では、八幡神社、貴船神社、崇徳天皇社、恵比寿神社、住吉神社などを巡っています。林氏の日記からは、とりわけ狛犬に強い関心を寄せていた様子がうかがえます。
4日目
午前中に小豆島に船で渡り、①土庄町、②池田町、③内海町、④豊島に分かれて巡り、土庄町では大福湯、西光寺、三日月湯などを観察しました。
夕方には高松港から空港への道すがら、香川・香南・塩江町で路上観察を行っています。
民俗考05_品評会
毎晩、各地域の調査で撮影した写真を現像し、スライドを使った、いわゆる「品評会」が開かれました。品評会の前に、真剣なまなざしで現像されたフィルムを確認する学会メンバーの写真が残されています。品評会は、単なる写真のお披露目ではありません。学会メンバーにとっても、緊張感のある時間だったようです。参加者は、学会メンバーが見つけた「物件」を目の当たりにし、その発見の面白さを実感したことでしょう。路上観察によって掘り起こされた、新たな香川の魅力が共有された時間でもありました。
民俗考06_そして、ふるさと再発見事業実施報告会
路上観察学会が訪れた翌年の2月15日には、「路上観察学会 讃岐路を行く―ふるさと再発見事業実施報告会―」が開催されました。その時のチラシによると、学会メンバーが採集した物件に加え、県民からも物件が募集されていました。寄せられた物件は約180点に及びます。報告会で審査され、13点(9名分)の「名品」が選ばれました。学会メンバーのサイン色紙が記念品となっています。今となっては、これ自体がちょっとした「お宝」です。
参加者には、当時、参加記念品として定番だったテレホンカードが配られています。しかし、このテレホンカード自体も、現在では配る機会も使用する機会もほとんどなくなってしまい、その存在自体が時代との「ズレ」を感じさせます。かつて記念品だったテレカも、いまでは観察し、時代の変化を読み取る「物件」になったと言えるのかもしれません。それはさておき、その後、こうした一連の活動の成果は、1995年4月に『路上探検隊 讃岐路をゆく』として刊行されました。
民俗考07_おそるべき路上的香川
路上観察学会が登場する以前から、香川ではすでに、身近なものを面白がり、見つけ、それを誰かと共有するという、“路上的なまなざし”があったのです。
その一つが、雑誌の読者投稿でした。1982年創刊の『月刊タウン情報かがわ』では、「笑いの文化人講座」が始まりました。このコーナーは、日常の風景のなかに潜む面白さを見つけ、それを投稿し、誌面を通して共有するものです。県内外からさまざまな「おもしろネタ」が寄せられました。その中には、身近な風景に潜んでいた面白い看板などを撮影した投稿もありました。驚くのは、1983年3月号に、のちに路上観察学会が香川で“発見”することになる「やっぱり」が、すでに登場していることです。路上観察学会の発足よりも前のことでした。
それだけではないのです。さらに同誌では、1988年12月、「ゲリラうどん通ごっこ」がスタートします。そこで取り上げられたのは、香川では生活の一部ともいえる「うどん屋」でした。12月号ではただのうどん屋紹介が中心でしたが、次の月からお店に行くまでの風景や店の雰囲気など、独自の目線での語り口へと刷新され、のちの『恐るべきさぬきうどん』につながる独特の語り口が、すでに登場しています。新たなまなざしで日常を見つめ直す実践と言えるものでした。
民俗考08_路上観察学会来県後のこと
さて、こうした“路上的なまなざし”は、1991年の路上観察学会の来県を契機に、さらに広がっていきます。
『Tjかがわ』では、1992年4月から「局地的極視的逸物発見路上紀行 てくてくTOWN」の連載が始まります。4年間にわたり5市34町を巡り、読者から寄せられた情報も活用しながら、独自の視点で香川の街を観察していきました。
INAXスペース高松では、「讃岐みつけ隊」による企画展「見上げてごらん屋根の上を……屋根の上の人々」が開催され、路上観察から見いだされた新たな“香川らしさ”が、さらに掘り下げられました。また、聞き取りや残された資料からは、NHK「おはよう四国」でも、「小田アングル」と題する同様の視点の企画が放送されていたことがうかがえます。
コメント