vol.24

香川の風景に重ねた代表作 本とメモが創作の源:漫画家サイトウマドさん|本をつくること


本をつくること
本は、誰が、どうやって作っているのでしょうか。
大ヒット漫画を描く人、地域で文学賞を主宰する人、
一世を風靡した雑誌の編集部…。
香川に住み、本をつくっている人たちに会いに行きました。

大きな話題を呼んだデビュー作


かつて首都圏に大災害をもたらし、今は瀬戸内海に浮かぶ島の浜辺に横たわる「超大型怪獣」。その解剖調査に従事する「怪獣学者」の女性を主人公に、独創的なSF設定とリアルな社会問題を織り交ぜて鮮烈な印象を残した『怪獣を解剖する』は、第30回手塚治虫文化賞新生賞をはじめとする高い評価と大きな話題を呼びました。

作者のサイトウマドさんは今、高松在住。プロの漫画家としての生活、夫婦で営む古本屋のこと、そしてふたつの暮らしを結ぶ「本」について語っていただきました。

本とともに、新しい土地で、新しい暮らし


出身は東京で、2015年に夫婦で香川に移住しました。

東日本大震災以降「地方への移住」という選択肢が現実的になり、「晴れの日が多いところ」「車がなくても暮らせるまち」という条件で、いくつかの候補地から選んだ土地です。瀬戸内国際芸術祭を見に来た時の楽しかった思い出も、決め手の一つでした。

 

2017年末、高松市の中心市街地に古本屋「YOMS」をオープンしました。

店主は夫ですが、古本屋をやりたいと言い出したのは私の方です。学生時代から、ネット古書店を経営している叔父のアドバイスで、父の蔵書をネットで販売したりしていました。読んだ本の気になったところをノートに書き写すのも、その頃から続けている習慣です。

今も冊数を重ねている、読書の抜き書きノート

今も冊数を重ねている、読書の抜き書きノート

 

身近な風景を舞台に描く「地方」の物語

代表作『怪獣を解剖する』(以下『怪獣』)が生まれたきっかけは『海獣学者、クジラを解剖する。』(田島木綿子)です。
すごく面白くて、カイジュウを「怪獣」と読み替えて構想をふくらませました。単行本の巻末に参考文献リストを載せてありますが、他にもいろんな本やSF・怪獣映画にインスパイアされています。文化人類学、社会科学、哲学、自然科学などは昔から夢中になれるジャンルでした。漫画家になってからはもっと広い興味を持とうと意識しているものの、やはり気がつけば好きなものに目を惹かれがちです。

 

『怪獣』はもともと読切作品で、商業デビュー作として『月刊コミックビーム』2023年2月号に掲載されたものです。

翌年から連載版が始まり、全10回を終えて25年4月に単行本上下巻を同時発売しました。読切版も『複層住戸』(23年6-7月号)、『天井裏に誰かがいる』(24年3-5月号)と併せて、短編集『解剖、幽霊、密室』に収録されています。

舞台が海辺だったので、読切版の制作に先立って、近くの海へ写真を撮りに行きました。

「大豆島」「香山県」などの風景や地名は香川・高松を下敷きにしています。読切版を読んだ南陀楼綾繁さんが「地方性を感じる」と作品を評してくださって、連載版ではより意識して地方性を象徴する風景として身近な土地を描きました。地元メディアや書店をはじめ、思いのほか香川でたくさん反応をいただいたので、こんなに喜んでもらえるならもっといろいろ描けばよかったな、と今更ながら思ったりもします。

株式会社KADOKAWA提供

くやしさが、10代の夢を明確な目標に押し上げた

 

絵を描くことが好きで、漫画やアニメも大好きで、中学生くらいから描くようになりました。何となくみんなそういう職業に憧れる時期じゃないですか?

でも美大に進学した途端絵が描けなくなって、「私はものをつくる側の人間じゃなかったんだ」と一度は断念。アートは好きだったのでキュレーション的な仕事に就き、DTPで簡単なカットなどを描く以外、10年くらい創作活動から離れていました。

 

気軽に絵を描けるようになったのは2018年、決定打はiPadとの出会いです。YOMSのレジ用だったはずが、すっかり作画専用に。最初は遊びの延長で、お店のことや身の回りの面白い話を身内向けに描いていましたが、やがてもっと多くの人の目に触れる場所を探して、無料で公開できる投稿サイトなどでオリジナル短編をアップロードするようになりました。

 

その中に編集者とマッチングできるサービスがあり、初めて担当がついたんです。その人の勧めもあって新人賞に応募しましたが、思うような結果は出ず…。「くやしい、絶対漫画家になってやる!」と本気で心に決めたのは、あの時だったかもしれません。

 

来し方を振り返るサイトウマドさん

来し方を振り返るサイトウマドさん

プレッシャーを乗り越えて、最新作で挑む新境地

 

『怪獣』の単行本発売後は大きな反響があり、いろんな賞をいただけて嬉しかったと同時にプレッシャーも抱えてしまい、一時期ネームがぜんぜん描けなくなりました。自分の中の「面白い・楽しい」の基準を見失い、全10話構成だった『怪獣』の早いテンポを引きずって「早く面白くしないと」と追い立てられ、じっくり演出したりたっぷり間をとるのが怖くなってしまったんです。

幸い、KADOKAWA編集者・青木さんの「しっかり演出していきましょう」という言葉で抜け出すことができました。とはいえ、いつまたそういう状態に陥ってもおかしくないと自覚もしています。

 

『月刊コミックビーム』26年7月号から連載が始まった最新作『やってくる』は、だいたいこんな話にしようというイメージはありますが、何話になるか未定です。終わりを決めていない連載は初めてで、今はとにかく無事に続けていきたい。『怪獣』ではやらなかった作画的なチャレンジや、もう少し深いキャラクター描写など、今までと違うことにどんどん取り組むつもりです。

最新作『やってくる』のネーム(漫画の設計図)

最新作『やってくる』のネーム(漫画の設計図)

ストーリーは象徴的なシーンを軸に組み立てる

 

漫画を描く時は、まず作品ごとに専用ノートをつくります。ストーリーの流れ、世界観や地図、どんな要素を入れるか、打ち合わせ内容、とにかく何でもメモしていくノートです。

ストーリーはネーム※を描きながら即興的に作っていくことも多いですね。「描きたいシーン」があって、そこにたどり着くためにどうすればいいかを考えます。『怪獣』の読切版では怪獣のおなかの中に降りていくシーンや海辺に横たわるシーンなど、大きい怪獣と小さい人間の対比が「描きたい」ところでした。

※本番の原稿を描く前につくる漫画の設計図のようなもの

 

連載版は、1話ごとにそういうシーンがあります。最初から全10話におさめる前提でどう描くかを考え、第2話くらいの時点で最終回のビジュアルはある程度決まっていたと思います。よく「キャラクターが自由に動き始める」と言いますが、深く考えずに登場させたキャラクターが後に重要な役割を果たしてくれて、「噂に聞いていたのはこれか!」と思ったこともありました。

『怪獣を解剖する』制作時のノート

『怪獣を解剖する』制作時のノート

作業工程によって変化する生活リズム

ネームはいつも、午前中のカフェで考えます。
朝8~9時に起きて朝食をとったら家を出て、30分ほど歩いたところにあるカフェで、耳栓をしてネームに集中。なぜか午後や夜だとうまくいかないし、自宅だとなかなか集中できないんです。

月刊誌の場合はだいたい1週間でネームを完成させます。私は大事な描写をちゃんと絵にできる確信が欲しくて、ネームの時点で絵をしっかり作り込むタイプです。ネームの段階ですべて没になることも、なくはないですね…。担当さんのチェックを経て調整してOKが出てから、ペン入れに入ります。

ネームをもとに描き起こした下描き

作画が始まると、生活リズムが変わります。
朝起きて家事を済ませ、9~10時頃から夕方までずっと作画作業。5時ごろに休憩がてら散歩や買い物に出て、ごはんをつくったらまたひたすら作業。徹夜ができないというか、そういう無理をすると全部絵に出てしまうので、1日のノルマを決めて進行を管理しています。

作画はラフの段階からフルデジタルです。ツールは主にiPadと液晶タブレット、ソフトは「CLIP STUDIO」を使っています。作画工程は本当に人それぞれでしょうが、私の場合はコマごとに修正することが多いから、1コマずつフォルダを分けてデータを管理します。

作業中はラジオやYoutube動画を流したり、漫画家同士でオンライン通話をしながら作業することも。漫画の話はもちろん、日々の悩みや健康のこと、ほとんど雑談ですね。人の話し声が聞こえる空間が好きなんです。

ベタやトーンなどは1コマごとにデータを管理して調整していく

ベタやトーンなどは1コマごとにデータを管理して調整していく

サイトウマド
東京都生まれ、香川県在住。2018年、iPadの購入を機に漫画を描き始める。2024年、「月刊コミックビーム」で長編連載第一作となる『怪獣を解剖する』を開始。同作は第30回手塚治虫文化賞[新生賞]、[マンガ大賞2026]ノミネートなど大きな話題を呼んだ。最新作『やってくる』の単行本第1巻が2026年11月頃発売予定。

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