よみもの

香川県・伊吹島神楽|vol.17 四国文化遺産

天下る神、宿る島の息吹

4人の神官が舞い踊る榊(さかき)の舞。左手に榊の枝を持ち、東西南北四方を祓い清める。太鼓と鐘の音に合わせ、一糸乱れぬ動きで流れるように回転する様が美しい。神官の一人が手作りしたという神楽ガイドブックが詳細で見ていて飽きない

島の上部にある荒神さんで、19時ごろから行われる夜神楽のうずめの舞。天照大神を天の岩戸より誘い出すための舞で、2時間近く行われる夜神楽中盤の山場だ。宵闇が迫る中、人と神とが瀬戸の離島で交差する

パンデミックを乗り越え、祭典が島を彩る

 船は静かに観音寺港を離岸した。多島海のイメージが強い瀬戸内だが、その真ん中に位置する燧灘にはほとんど島がない。その数少ない島の一つが、いりこの産地として有名な伊吹島だ。漁業と水産加工業で成り立つこの島には学校もあるし、現在でも400人近い人が住んでいる。しかし観光客向けの飲食店もないし、お洒落な宿泊施設がある訳でもない。本気の漁師町なのだ。
 元来漁師はその仕事の性格上、縁起を担いだり、信心深い人が多いと聞くが、この島にもコロナ禍で4年間行われていなかった御神楽がある。昼と夜の部に分かれ、特に夜神楽にはオリジナルの演目もあるという。

神楽殿は老朽化のため解体されたので、ブルーシートの仮屋根が作られていた。そのせいもあってか昼は非常に明るい雰囲気で舞が進んでゆく。島の舞の世間話など、島民から笑い声が絶えなかった

島の中心にある神社の境内が、4年ぶりのハレの日を迎え俄かに賑わう

八幡神社には拝殿内に茅の輪が作られ、多くの島民が次々とそこをくぐっていた

 港から、いりこの加工場を横目に真っ直ぐ続く急な坂道を登りきると、すでに神社の境内に島民が集まっている。夏越の祓の茅の輪くぐりの後、網元が見守る前で御神楽は始まった。神寄せの舞や天岩戸のうずめの舞、寸劇のような島の舞など見ていて全然飽きない。一番盛り上がるのが猩々の舞で、酒を飲みどんどん踊りが激しくなる宴の舞は圧巻。本番は夜神楽のつもりだったが、すっかり昼の部から満足してしまった。
 久方ぶりの祭りでは子どもたちが走り回り、笑い声が響き渡る。パンデミックに終わりが見えたことに皆が安堵しているよう。離島にとって老若男女が集う場は重要だ。

炎に照らされながら、神の踊りをじっと見つめる子どもたち。その眼にはこの島の未来が輝いているよう

神楽のクライマックスとも言える猩々の舞。赤髪の猩々が、夜の帳に跳ね舞い踊る

 夜神楽は場所を変えて荒神さんで行われる。島に宵闇が訪れ、空がみるみるグラデーションに染まってゆく。昼はなかった中高生くらいの姿もちらほら。やはり雰囲気はこちらの方が良く、同じ舞なのに断然幻想的に見えるのだから夜の魔力は凄い。
 帰りは定期船がないため海上タクシーを乗り合わせた。空には巨大な満月。海には夜行虫の光る帯がどこまでも伸びていた。


写真・文
宮脇慎太郎
1981年生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。在学時より国内外に旅を繰り返したが、2009年の奄美大島での皆既日食体験を期に完全に高松に着地した。2016年より瀬戸内国際芸術祭公式カメラマン。専門学校穴吹デザインカレッジ講師。2021年香川県文化芸術新人賞受賞。主な著作に「曙光」「霧の子供たち」「UWAKAI」「流れゆくもの 屋久島・ゴア」などがある

  • 記事を書いたライター
  • ライターの新着記事
Miyawaki Shintaro

1981年生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。在学時より国内外に旅を繰り返したが、2009年の奄美大島での皆既日食体験を機に完全に高松に着地した。2016年より瀬戸内国際芸術祭公式カメラマン。専門学校穴吹デザインカレッジ講師。2021年香川県文化芸術新人賞受賞。主な著作に「曙光」「霧の子供たち」「UWAKAI」「流れゆくもの 屋久島・ゴア」など

  1. 会員限定:四国中央市・仙龍寺|四国文化遺産

  2. 小豆島町・夏至観音|vol.19 四国文化遺産

  3. 高知県・根木屋太刀踊り|vol.18 四国文化遺産

コメント

この記事へのコメントはありません。

RELATED