よみもの

高知県・根木屋太刀踊り|vol.18 四国文化遺産

黄昏に舞う鎮魂の太刀

「土佐の~物部の名物踊り~平家~一族忍んで今も~」という歌に合わせて、二刀流の6人が独特のステップで舞い踊る。頻繁に立ち位置を入れ替えながら刀を振りかざす動きは流れるようで、その荘厳な引力に目が離せない

喧騒と静寂の間に立ち現れる、視えない何か

 昨年8月14日の高知自動車道。南海トラフ地震の臨時情報が出されていて車もまばら。こんな時に太平洋方面に向かおうなどという酔狂な人間はあまりいないのかも知れない。南国インターを降り、国道を走って物部川沿いを上流へと進む。すると山に近づくほどに段々と車が増えてきて、最後には大渋滞となってしまった。というのも今日は奥物部湖湖水祭の日。高知の数ある祭りの中でも内容の豊富さでは断トツで、老若男女がにぎわう特別な一日なのだ。

県内からも来場者は非常に多く、早めに行かないとほとんどの人は離れた場所からシャトルバスでの移動となる

旧物部村は祖谷と似た傾斜地の集落が多い。日照時間も短く、山肌に張り付くように民家が点在する

急遽発令された大地震の注意報。ここまでの規模は経験がなく、太平洋に面した観光地から人混みが消えた

 日が落ちる頃、舞台に上がってきたのは、襷掛けした勇壮な男たち。両手には日本刀を携えている。織り重なる山の向こうに太陽はとっくに沈み、強烈な湿気を帯びた高知の空に、群青の夜空が覆い被さってくる。先祖が還ってくるというお盆の時期も相まって、太刀踊りの周囲はあの世とこの世の狭間にいるような不思議な空間に包まれていた。

高知には横倉山に安徳天皇陵墓参考地もある。平家との繋がりが非常に強い土地だ

素人が見たら複雑怪奇なこの踊りも、保存会の人たちにとっては幼い頃から体に染み込んだもの。いつでも踊ることができるらしい

 太刀踊り自体は高知に多く伝わり、百種類ほどあると言われる。中でも物部に伝わる根木屋太刀踊りは、平家踊りと言われる「ハッサン」とほぼ同じ足の運びで、歌詞からも分かるように平家の落人が伝えた伝説をもつ。衣装に二刀流、上半身の動きなどは、この地の民間伝承である陰陽道いざなぎ流の御祈祷神楽を汲んだようで、刀を振りかざして切るような動きもほぼ同じ。伝統とは時間の折り重なりがあって、初めて存在するのだなと改めて感じた。

「お山のディスコ」として有名な奥物部湖湖水祭。ダム湖に浮かぶ4500個もの灯籠流しや花火大会、そして70〜80年代のディスコサウンドで老若男女が舞い踊る

 太刀踊りが終わると、地元のお婆ちゃんたちは満足そうな顔で帰り支度を始めていた。一転、会場には軽快なディスコサウンドが響き渡る。「待っていました!」とばかりに周囲にいた若者たちもそれぞれに踊り始めた。すっかり夜の帷が下りたダム湖畔はあの世からこの世へ。再生の縮図がそこにはあった。その生命力に、人はいつの時代も吸い寄せられる。

永瀬ダム建設による犠牲者の慰霊として始められた灯籠流し。太刀踊りと並んで、この祭りを象徴するものの一つ


写真・文
宮脇慎太郎
1981年生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。在学時より国内外に旅を繰り返したが、2009年の奄美大島での皆既日食体験を期に完全に高松に着地した。2016年より瀬戸内国際芸術祭公式カメラマン。専門学校穴吹デザインカレッジ講師。2021年香川県文化芸術新人賞受賞。主な著作に「曙光」「霧の子供たち」「UWAKAI」「流れゆくもの 屋久島・ゴア」などがある

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Miyawaki Shintaro

1981年生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、日本出版、六本木スタジオなどを経て独立。在学時より国内外に旅を繰り返したが、2009年の奄美大島での皆既日食体験を機に完全に高松に着地した。2016年より瀬戸内国際芸術祭公式カメラマン。専門学校穴吹デザインカレッジ講師。2021年香川県文化芸術新人賞受賞。主な著作に「曙光」「霧の子供たち」「UWAKAI」「流れゆくもの 屋久島・ゴア」など

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