讃岐一景を訪ねて_vol.01

登録有形文化財_漆原家

March 31,2023

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  • 香川の建築
▲写真 主屋正面。長屋門正門正面から真っすぐ石が敷かれ、ウチニワと呼ばれる出入口へと繋がる。正面左側は袖塀及び中門にて空間が仕切られ、庭の性質を分けた造りとされる。袖塀の突き当りには式台玄関を構え身分の高い賓客をお迎えする設えとなっている。

地域を見守り、暮らしに寄り添い、
生き続ける建築は何を与えてくれるのか。

香川県内の各地域には、今でも庄屋役等を務めた人々の屋敷が数多く見ることができ、地域の歴史や地場産業を物語る貴重な資産と言える。また、代々庄屋役等を務める中で整えられていった建築物は、地域の景観形成に大きく寄与し、それぞれの地域に豊かな風景をつくりだしている。

これらの建築物は建築後100年以上が経過したものが多く、時の経過とともに取り壊されるものも少なくない。また、代々受け継いだ家を守りたいとの思いを持っても、当時とは生活環境が大きく異なっており、家の維持管理を継続することも厳しくなっている。維持管理を難しくする要因としては、建物の規模も現在の住宅などと比較すると大きな建築が多く、建具で仕切られただけの部屋が多く、現在の生活様式に合わないなどの他に、伝統建築技術を習得された職人の減少や伝統建築材料価格の高騰などが挙げられる。

歴史的建築物を守り、次世代へと継承するには、厳しい状況が今後も続くと考えられるが、長い歳月を掛けて培われてきた建築には現在の住宅では味わうことができない空間も大きな魅力であり、開放的な室内が住宅以外での活用の可能性を秘めている。また、伝統技術と伝統材料を用いた修理を繰り返すことにより、建築的な価値の維持に繋がるだけではなく、これまで100年以上を掛けて積み重ねられてきた暮らし方も守れるのではないだろうか。

ザシキから庭を見ると、様々な樹種の木々により作庭されており、四季を問わず賓客をお迎えできる庭となっている。敷地は道路から離れていることもあり、鳥のさえずりなど穏やかな音が空間を包む。

建築考01_生き続ける住宅とは

重要文化財等に指定されている住宅の保存修理は、各材料の耐用年数に合わせて修理が実施され、茅葺屋根の葺替であれば、立地環境や屋根の方位によって茅の劣化速度が異なるが20年~30年に1度は葺替が必要となる。また、建造物全体に影響を与える建物の傾きや地盤沈下、構造材等の腐朽等の劣化を修理する根本修理は約150年に1度実施される。これが文化財建造物の一般的な修理サイクルである。

こうした、修理サイクルを当てはめると明治初期に建築された建造物は、150年を迎え根本修理が必要な状況と言える。ただし、こうした根本修理には多額の費用を必要とするため、文化財に指定されていない建造物では修理を実施することが難しく、解体される建造物が残念なことではあるが一定数出てくるだろう。

そうした時期に差し掛かっていることを捉えると、住宅として維持するだけではなく、一部を民泊や商業施設として活用し、経済活動を実施しながら維持管理費を捻出する方法も1つの選択肢になるであろう。時代の変化を捉えながら、建造物の価値を守りつつ、新たな価値を付け加えていくことも必要な対応と言える。

小屋組/漆原家主屋の屋根は四方蓋造と呼ばれる屋根形式を持ち、地域性をよく示している。現在、屋根表面は銅板にて仮葺されているが、銅板下には長年定期的に葺き替えられてきた茅葺屋根が残り、防音性、断熱性も高い。茅を小屋組み部材と結び付けるため、多くの縄が見えているが、地域により縄の結び方や葺き方に違いが見られ、今となっては貴重な記録と言える。

建築考02_文化財と住宅

文化財建造物も単に保存し続ければ良いのかと問われれば、文化財保護法第一条には「この法律は、文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする。」と記されており、文化財保護には保存と活用の両輪が必要であることが明記されている。しかし、重要文化財等に指定されている住宅の多くは、建設当初の姿が文化財としての価値が高いと評価され、建設当初の姿へと復原保存される事例が多い。実際、香川県内で重要文化財に指定されている小比賀家住宅、旧恵利家住宅、細川家住宅、旧下木家住宅、旧河野家住宅は全て復原保存され、住宅として機能し続けているものは無い。もちろん、建設当時の暮らしぶりや地域性を見つめる上では、大きな価値をそれぞれの住宅は示しているが、文化財保護法で記されている保存と活用のあり方を考えると、保存に荷重が掛かり過ぎているようにも感じる。その点、現在も住宅として機能し続ける建築は、住民の暮らしの蓄積が詰まっており、生き続けてきた住宅にしかない充実した生活感や使い込まれてきた用の美を強く感じ取ることができる。

墨モルタルの磨き仕上のウチニワ

高松藩御用瓦師の刻印瓦や袖塀などの漆喰塀は傷んだ箇所ごとに修繕が施しながら維持管理されている

波と兎をモチーフとした欄間(ザシキ・上の間の境)

建築考03_漆原家住宅について

漆原家は、高松市の郊外に位置し、約7,000㎡(2,100坪超)の敷地を長大な漆喰塀で取り囲んでいる。敷地内には、主屋の他に、湯殿、土蔵、長屋門、水肥納屋、木納屋、中門及び袖塀、土塀が登録有形文化財になっており、その他にも井戸屋、屋外便所、木足場小屋、水路などが現存しており、屋敷内での暮らしぶりを良く残している。特に漆原家住宅主屋は古くから高く評価されてきた住宅であり、昭和44年度に実施された「香川県民家調査」にも掲載されている。この「香川県民家調査」は、昭和41年度から文化庁が都道府県に補助金を交付し、高度経済成長により失われていく各地域の民家を文化財として保護する目的があった。この調査により、県内では、小比賀家住宅、旧恵利家住宅、細川家住宅が重要文化財に指定された。本調査では、①古い民家形式、②意匠性、③保存状況、④建築年代が明瞭な民家、⑤この地方でごく普通にみられる代表的な民家、の5項目が評価軸とされ、建築年代が江戸後期とされる漆原家は、3次調査(最終調査)からは除外されたが、2次調査まで残った特筆すべき民家として掲載された。このように昭和44年から高く評価されていた漆原家は、その後も50年以上に渡り所有者により守られてきた。

広大な屋敷構え

現役で用いられる井戸。敷地内には多くの水路が整備され、日常生活の利便性を高めている

屋敷内の建造物等を修繕される際に用いられる足場材の保管建屋。暮らしぶりをよく伝える建造物が数多く残る

建築考04_漆原家の歴史

漆原家は武士として細川家に仕えていた記録を持ち、讃岐国へ移り住むにあたり川原村の漆原地区に居住したため、地区の名である「漆原」を氏名としたと言われる。漆原家の大本家は通谷に構えられていたが、6代目へと家督を引き継いだ際に、弟が西三谷に延享4(1747)年に移り住んだ家系が現在の漆原家であり、現在の御当主が9代目となる。

江戸時代までは郷士の身分として、平時は庄屋として農業を営み、高松藩の有事の際には、兵役を兼ねた生活を営まれていた。そのため、漆原家に用いられている瓦には藩の御用瓦師から供給された瓦が使用されており、高松藩との結びつきの強さを示す。

建築考05_所有者の思い

今回、記事として御紹介させて頂くにあたり、改めて所有者から建築に対する思いを伺った。最も驚かされたのは、「敷地内の建築を維持するため費用の嵩む大修理ではなく、小修理を常に実施しながら管理している」ことだった。年間100万円程度はかかると言うが、この修理の考え方は、まさに理想的な文化財修理の考え方であり、なかなか実践することは難しい。また、「各建造物の些細な変化に同居している母がよく気付く」という点も感心させられた。実際、県内の指定文化財でも定期的に巡視を実施しているが、数カ月に1度見るからこそ気づける変化があり、毎日生活されている住宅の変化はなかなか気付きにくいものである。「母は、戦後の物資が乏しかった時代をよく知っているから、物をとても大切にする」という、その当時を生きてこられた方だから持ち得た思いと、その思いを大切にされる息子さんである現当主の思いの重なりも強く感じられ、その思いが建築の状態に良く表れている。暮らしぶりについても「広すぎて維持管理が行き届かない」、「とにかく冬は寒い」など不自由な部分についてもお聞きしたが、「年末はおくどさんでもち米を蒸して、餅つきをする」、「井戸の水も現役で使う」など、魅力的な暮らしぶりの一端も御紹介頂いた。また、主屋では定期的に書道教室を開いており、地域の子供たちが通っているそうだ。地域の子供たちにとっては、学校の書道の時間では味わうことができない魅力的な時間になっているのではないだろうか。子供たちにとっても思い出深い建築として記憶に残るとともに、建築の魅力についても知るきっかけとなってくれたらと願う。

最後に漆原家住宅の未来について「これまで何世代にも渡り大切に守ってきたから、できるだけ長く残していきたい」との思いをお聞きした。

漆原家9代目ご夫妻

建築考06_地域性と建築保存

香川県には「ふう(風)が悪い(ふが悪い)」という方言がある。香川県出身ではない私には、細かなニュアンスまでは汲み取ることが難しいが、「ふうが悪い」という考え方には、他人の目を強く意識した地域性を垣間見ることができる。実際、県内には数多くの民家が良好な状態で残されており、まさに「ふが悪くない」建築が多いのである。個人の財産である民家などの建造物に対して、ここまで社会からの目を意識する地域は稀に感じる。特に古民家などを所有される方は、積み重ねられてきた家柄もあってか、社会からの目に対して、繊細に向き合われているように感じる。これは、決して悪いことではなく、むしろ建造物にとっては手厚い管理に繋がり、個人の財産である建造物が大きな社会性を持っていると言っても過言ではない。こうした地域性により守られてきた建造物は極めて美しく、修理を重ねられてきた姿は、香川県らしい建築との向き合い方の一端が表現されており、所有者の建造物への愛のカタチのようにも映る。

文:石田真弥/1985年静岡県生まれ。公益財団法人文化財建造物保存技術協会技術補佐員、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所アソシエイトフェローを経て、2020年から香川県教育委員会の文化財専門員(建築)として勤務。県内の文化財の保存・活用を通して文化財の魅力を発信をしている。

讃岐一景_vol2 重要文化財 細川家

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