『工房をたずねて』香川漆器 / 浅野道子・高木杏菜

September 25,2024

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大正8年創業の老舗漆器店

高松市にある屋島のすぐそば、大通りの喧騒を抜けた住宅街にある漆器店「一和堂工芸株式会社」。こちらは、香川の伝統的工芸品である香川漆器の「塗り」部分を担う工房です。今回はこちらの代表・浅野道子さんと高木杏菜さんにお話を伺いました。


香川の伝統的工芸品の一つである香川漆器は、江戸時代の高松藩主松平氏の産業奨励策によって発展しました。藩主のもとで多くの名工が誕生し、その中の一人であった玉楮象谷(たまかじぞうこく)が当時主流だった蒔絵にかわるものとして、約200年前に独自の技法を確立させました。
玉楮象谷は、日本に伝来した中国の唐物漆器や、中国南方・東南アジアからの籃胎蒟醤(らんたいきんま)漆器に着目し、その魅力を日本的な漆芸技法へ取り入れました。そうして誕生した独自の技法は現在、「蒟醤(きんま)」、「存清(ぞんせい)」、彫漆(ちょうしつ)」として「香川漆芸の3技法」と呼ばれています。その後、この3技法に、新たに「後藤塗」、「象谷塗」を加え、現在ではこの5つの技法が国の伝統的工芸品に指定されています。
※5技法についてはページ下にて詳しくご紹介します

そんな香川漆器の塗り作業を行う一和堂工芸株式会社の店の一階には、香川の5技法を用いて制作されたお盆や器が綺麗に並びます。その中には伝統的なイメージのある赤や黒の商品だけではなく、カラフルな商品も。これは浅野さんが若い世代にもっと漆器を手に取ってもらいたいと考え、制作したものです。

一和堂工芸株式会社は、1917年に浅野さんの祖父が設立し、その後、2000年に浅野さんが3代目社長として会社を引き継ぎました。当時は経営的に厳しく、前社長から継がなくてもよいと言われたそうですが、80年以上続くお店を途絶えさせたくないという想いで継承を決意。その当時、浅野さんは若い人の漆器離れに危機感を感じ、これまでと同じことをしていたのでは、この先やっていけなくなるのではないかと考えていました。そのように感じていた頃、コップのサンプルに試しに色漆を塗ってみたことが、後の商品制作のきっかけとなりました。

伝統的から現代的へ


当時から、お店にきたお客様がお盆以外の商品がないか尋ねてくる事も多かったそう。そこで、お盆ではなく普段から使用できるものであれば若い人にも使ってもらえるのではと考えてコップにさまざまな色漆を塗ってみることにしました。「漆器になじみがない若い人たちに、これが漆の商品なの? こんなカラフルなものまであるの? と知ってもらい、自分も手に取ってみたいなと感じてもらえる商品を作りたいと思いました」と話す浅野さん。
もちろん最初から上手くいったわけではありません。通常、香川漆器は艶をつけるのに、模様をつけて、乾かして、炭で研いで、そして艶づけを行います。しかし、手に取りやすい色漆の商品を制作するためには、工程をなるべく少なくし、安価に抑える必要がありました。そこで、一回塗っただけで艶が出る種類の色漆を使用する事にしましたが、回転室の無い一和堂では手作業で行わなければなりませんでした。均一に塗ることは難しく、表面は乾いているのに中は乾いていないなど、すぐに商品として出せないという苦労もあったそう。そのように試行錯誤を繰り返してできた商品は、今では老若男女から人気のある商品となりました。

小さな好きから漆の世界へ

そんな漆の「入門編」となるような、手軽で身近な漆器を作り続けている一和堂工芸株式会社に、8年前に加わったのが高木杏菜さんでした。高松工芸高校の漆芸コースで初めて漆に触れたことから、高木さんの香川漆器との人生が始まりました。
「小さい頃からものづくりが好きで、よく絵を描いたりしていました」と振り返る高木さん。ものづくりをしたいと思い入った高校の漆芸コースは、細かい作業が好きだった高木さんに合っており、どんどん漆器の魅力に惹きこまれていきました。好きなものづくりを続けたいという気持ちから、高校を卒業後は、香川県漆芸研究所への入所を決めました。

そんな高木さんが一和堂に出会ったのは、漆芸研究所で進路を考えていた時。作家になるよりも職人の方が向いていると感じていた高木さんは、色々な工房を見学に行っていたものの、漆器業界が低迷していることもあり、働き口がなかったそう。そんな時に、業界内でも勢いがあるとすすめられ、向かったのが一和堂株式会社でした。最初は短時間のアルバイトから始まったここでの仕事も、今年で8年が経ちました。


最初は研究所と工程が違うことに戸惑いを感じたという高木さん。
「漆芸研究所では一つの作品を集中に仕上げますが、ここでは数を早く仕上げる作業が必要になるので、慣れるまでは大変でした」
その後も一和堂ならではの塗りの特徴を勉強しつつ、徐々に商品として出せるようになっていきました。

現在は職人として働きつつ、家でも作品を制作している高木さん。ここまで学んだことを活かして、今後も辞めずに漆に関わり続けていきたいと考えているそう。

変化を感じ、楽しむ

香川漆器の魅力は普段使いができるところだと話す浅野さん。
「一生懸命作っているつくり手としても、使い続けてもらうことが一番嬉しいし、常に普段使いができるものだからこそ日常に取り入れてほしいですね」
そんな浅野さんが漆器初心者におすすめする商品は、コップやコーヒーカップ。日々の生活に欠かせないものであり、代用しやすいところがおすすめだそう。

高木さんは漆の魅力として、経年変化を楽しむことができるところを挙げていました。漆に関わる前までは高級品というイメージから、あまり使用せずしまい込んでいたそう。
「片付けたままにせず実際に使っていくと、色や艶がどんどん出てくるところが魅力だと感じています。ずっと使い続けることができ、その変化を楽しむことができるのは香川漆器ならではの特徴だと考えています」
そんな高木さんが、漆器に馴染みが無い人におすすめするのは13色スプーン。手に取りやすい値段で、普段使いしやすいところがおすすめだそう。

香川漆器を将来に繋げる



「お客さんには、こんな綺麗な商品に囲まれていいねとよく言われます。たしかに商品は綺麗だけれど、完成するまでは大変なんです。漆が付くと落ちないし、匂いも強いし。職人がどのように作っているかを実際に見た人は、漆器の値段にも納得してくれる方が多いです」と浅野さん。

漆芸を学んでも受け入れ先が無く、徐々に職人が減っている香川漆器。しかし、伝統的工芸品として脈々と受け継がれてきたからこそ、絶やさず続けていきたいと話す浅野さん。これからも魅力を多くの人に伝えるために、香川漆器の可能性を模索し続ける一和堂工芸株式会社のこれからと、そこで奮闘している若き職人の未来に注目です。

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※香川漆器の5技法


「蒟醤(きんま)」
竹や木、乾漆などで形作った器物の上に漆を塗り重ね、剣で文様を彫りこむ。その溝に色漆を埋め込み、表面を平らに研いで色漆を除き、文様を表現する技法。

「存清(ぞんせい)」
主に2つの技法があります。
・「鎗金細鉤描漆法(そうきんさいこうびょうしつほう)」
漆を塗り重ねた器物に色漆で文様を描き、剣で輪郭や細部に線彫りを施し、彫り口の凹部に金粉や金箔を埋めて文様を引き立てる技法。
・「鎗金細鉤填漆法(そうきんさいこうてんしつほう)」
漆を塗り重ねた器物に彫刻刀で文様を彫り、彫り口に色漆を埋め、炭で研いで平にした後、剣で輪郭や細部に線彫りを施し、彫り口の凹部に金粉や金箔を埋めて文様を引き立てる技法。

「彫漆(ちょうしつ)」
色漆を数十回から数百回塗り重ねて色漆の層(百回で厚さ約3ミリ)を作り、その層を彫り下げることによって文様を浮き彫りにする技法。

「後藤塗(ごとうぬり)」
後藤太平によって発案された技法。
中塗りの朱漆が乾かないうちに、指先の指紋によって模様をつけるのが特徴。

「象谷塗(ぞうこくぬり)」
ロクロで加工した素地を木地固めし、生漆を刷毛で摺り込み、その上に真菰(まこも)と呼ばれる植物から採れる粉末を撒き、スリ漆仕上げを施す技法。


一和堂工芸株式会社
香川県高松市屋島東町1572
tel.087-841-1531

https://ichiwadou.net/html/index.php

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