《工房をたずねて》肥松木工品/有岡成員

木は、人と同じように生きている 

September 30,2021

  • 工房をたずねて
  • 雑誌IKUNAS
  • 香川の伝統工芸

数百年の時を経て、暮らしの道具へと姿を変える肥松木工品

 

高松市勅使町、住宅街の中にある「クラフト・アリオカ」。香川県の伝統工芸品の一つである肥松(こえまつ)木工品の店舗兼工房です。

店内ショーケースには、肥松をはじめ、樅や栃、栗などを刳った器がずらりと並んでいます。流れるように滑らかな曲線、用途や時代性を問わない普遍的なデザイン。

木の目や質感、色合いはさまざまで、一つとして同じものはありません。

この美しい器を手掛けているのが、肥松木工品の県伝統工芸士・有岡成員さんです。

肥松とは、樹齢数百年になる松の中心部の、松やにがたっぷりと含まれた部分のこと。
「肥松」は瀬戸内独自の呼称で、近畿では「脂松」、関東では「老松」と呼ばれています。
とりわけ香川県では、肥松は黒松から採れるものでした。

木を加工するときは、どんな樹種であってもまず乾燥させる必要があります。材に含まれた水分を飛ばし、反りや歪みを把握するためです。

油分の多い肥松は、乾燥に数十年かかります。クラフト・アリオカにある肥松は樹齢400年以上。切られてからすでに40年以上は寝かせられているといいます。

見せていただいた工房の室(むろ)の中は、肥松の静かな息遣いを感じるようでした。


ここにしかない器械と手製の道具

 

工房の中心部で、かたかたと音を立ててろくろが回っています。
讃岐式のろくろで、横に座って挽くのが特徴。今はモーターで動いていますが、昔は水車を動力としていました。今ではここクラフト・アリオカにしか残っていません。

有岡さんに肥松木工のはじまりを伺いました。

有岡さんの父・良益さんは、香川県を代表する漆芸家・磯井如真氏の木地の制作を担っていました。
磯井氏に「他にやっている人がいないし、消えかかっている工芸だから復活させないか」と声をかけられ、肥松を用いた刳りものをつくるようになったといいます。

元来、木地はその上に漆を塗ることを想定したもの。
木を削り出しただけで完成とするためには、漆器木地とは違って、表面をより滑らかに仕上げる必要があります。

そのために考案されたのが「木さげ」という独自の道具。
薄いナイフのようになっており、仕上がりの曲面に合わせて様々な種類が用意されています。

油分の多い肥松を削っていくと、刃先に松やにが溜まっていきます。
そのままにしておくとやにが固まっていくため、都度刃先を研がなくてはなりません。

木くずはもったりとしており、手元にどんどん降り積もっていきます。


木は思うよりもずっと長く使える

 

「木は生きているものだという感覚を持って、人間は木に協調していかないと」と有岡さん。
「力でセーブすることはできないから。だって人間とは人生が違う」

人の人生は長くても100年ほど。
ところが、木は100年経ってからがようやくスタートライン。

特に針葉樹は、古いものほど良いといいます。
というのも、針葉樹は製品や家になってから、300年は使えるから。

しかも、最初の100年はだんだんと良くなっていくのだそう。
周囲の環境になじんで使い心地が良くなっていき、その後100年は性質が横ばいで、100年かけて最初と同じところまで戻ってくるのだとか。

有岡さんが面白い話を教えてくれました。

「肥松の製品を高松でつくって都心のデパートに持って行くと、シャワーを浴びたようにたくさん松やにが出てくる。1週間ぐらい催事をして、高松に戻ってくるとまた松やにがでる。つまり、湿度や温度が急激に変わるところに持っていくと、木は反応する」

木は、切られてもなお生きているもの。

私たち人間は木の家や道具を買って、自分のものと思い込んでいますが、
長い長い木の人生のうち、ほんのひとときを家や道具として“借りて”いるだけなのかもしれません。


木の道具の使い方

 

肥松を使うときは、オリーブオイルで拭きあげてから食べものや飲み物を入れます。
使った後はさっと水洗いして、直射日光の当たらない、風通しのよいところで。

最初のうちは、日々乾拭きすると秋目(やにの溜まった木目)のやにが春目にも入り込んで、全体に色つやが良くなっていくそうです。

使い方をあれこれと聞いていると、有岡さんがこんなことを言いました。

「木の器の扱いは難しくない。人間と同じように考えれば分かるよ。
生きものだから。自分がされたらたまらんな~と思うことを、木にもしなければいいだけのこと」

これがとても腑に落ちました。
何となく扱いが難しいと思っていた木の器ですが、自分に照らし合わせてみれば、お手入れ方法も単純明快です。

最後に有岡さんの言葉をもう一つ。

「我々工芸士は、使えるところまで道具を作ることが仕事。
道具を使って育てていくのは、買った人の仕事」

何代も使える肥松の器。
暮らしに取り入れてみよう、と心に決めました。

クラフト・アリオカ  有岡 成員(ありおか しょういん)
香川県高松市勅使町1007-1
tel.087-866-8248

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