その年の仕事は華々しく始まりました。
香川から向かった先は、東京の記者発表会。都心の高層オフィスで仕事です。窓からは皇居を眼下に大東京を見渡す天上のような眺め。大勢のTVクルーやレポーターを前に、誰もが高揚感にあふれています。
でも私は違った。そんな自分を隠してもいました。なぜこの仕事、一生懸命やればやるほど疎外感を感じてしまうのだろう。拭っても消えない「置いてけぼり」感。香川や四国のいつもの仕事とは違う、「助けて」と言っちゃいけない空気感。
私は常に「できます」と平気なふりをし、弱音や本音を封じ込めていました。
オフィスの執務フロアに案内されて、扉の外で待っていたとき。美しい木の扉に、大きなモノをぶつけたような跡が目に入りました。ささくれ具合から長期間放置されているようすがうかがえます。ちらっと見た広い執務室は、引っ越ししたてのオフィスかと思うほど段ボール箱が雑然と。そして、傷を負った扉から若い男女が怒ったように飛び出してきて、表舞台に立つと輝くような笑顔をつくる。
野次馬の私の目にはその光景が面白くもあったけど、それよりも、働く人のケアされなさに胸を突かれました。毎日目にしている風景がこれならきっと、人のことを気遣っている場合じゃない。
同時に、そうやって冷めて見ている自分も美しくないと思いました。こんな気持ちで仕事するべきじゃない。誤魔化したってうまくいかない。
悩み、腹を決め、仕事の後始末と話し合いをして、半年後にプロジェクトから外れました。
同じ年の秋。新しい仕事がやってきました。いままでさわったこともないITコンサルの分野。話を持ってきた仕事仲間は「あなたなら絶対にできる」と言って、プロジェクトリーダーを紹介してくれました。
初分野、初チーム、初クライアント。契約は電子文書、会議はTeams、社内専用のチャットツールや進行管理ツール、さまざまな「どうやるの?」が押し寄せます。当時、スマホもPCも新調し、すべての設定に四苦八苦していた私。企業アカウントのメール設定がどうしてもできず、ChatGPTを相談相手に悪戦苦闘していました。
そんな折、プロジェクトリーダーとオンラインで1対1の打ち合わせがありました。「メール設定に時間がかかっているけど明日にはなんとか」と弱音を漏らしてしまった私。あぁデジタルディヴァイドですみません。すると画面の向こうで「え、困っていること、いまから一緒にやりましょう」と言ってくれるではありませんか。
不安は人間が包み込んでくれました。人には頼れないと思ってAIに向かっていた私は、当たり前のように差し出された親切にハッとしました。
12月、九州。現実空間で初めて、仕事相手と顔合わせをしました。このチームは助けてくれる。もちろん私はできることをする。でもその「自助」は、助けてくれる人がいる安心感の中でこそ、存分に発揮できるものでした。
年始は、新幹線+宿泊パックに、片道に4,400円を自費でプラスしてグリーン車で移動していました。じゃないとやっていけなかった。移動中に体と心を立て直すための必要コストでした。
年末はグリーン車じゃなかったけど平気でした。新幹線さくらの席の広さや、グリーン料金が高すぎという諸問題もあるのですが、萎縮しないで、気持ちがのびのびしていられたから。
人がつくる安心感って、いちばんのコスト削減かもしれないです。
(毎月1回「寅の日」に連載。次回は7月15日予定)
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