わたしだけの仁尾時間 ~IKUNAS編集部滞在レポ・多喜屋編 vol.1~

October 30,2020

美しい海沿いの町の、もう一つの顔

夕陽がきれいな海浜や、山の斜面にたわわに実る果樹など、自然豊かなエリアとして取り上げられることが多い仁尾町。でも町の中心地を歩いてみると、また違う表情が見られるのを知っていますか? 中でもノスタルジックな雰囲気が色濃く残る場所として知られるのが、旧役場跡地から路地を東に入ったところにある中ノ丁地区。「なかんちょ」とよばれるこのエリアは、江戸時代には商家が立ち並び、大勢の買い物客が押し寄せたいわば町の中心地でした。この界隈には価値ある建築が今もなお数多く残っていて、観光客でにぎわう海沿いのエリアとは異なる懐古的な雰囲気が漂っています。

↑仁尾城跡にある覚城院脇の高台から、中ノ丁地区を見下ろすことができます

中ノ丁地区を中心に、仁尾の財産ともいえる町の風情を長く後世にも残そうと、ある1つのプロジェクトが進んでいます。その名は、仁尾の街並み再生プロジェクト「仁尾縁(におよすが)」。取り組んでいるのは、街並みの価値を知り、古くからこの地に根付いてきた建築会社「菅組」です。

先日、「仁尾縁」の第1弾として、中ノ丁にある古民家の改装が完成したとの連絡をもらい、さっそく訪れました。

 

江戸時代からの古民家が仁尾町回遊の拠点に

改装したのは、かつては手前に荒物屋の店舗、奥に住居という2棟分の古民家です。住居棟の小屋裏からは万延元年(1860年)の棟札が見つかっており、江戸末期にできた建物ということがわかります。長らく空き家となっていたこの建物を再生する話が具体的に進み始めてから、完成までに約6年。奥にあった住居は一棟貸しスタイルの宿として「多喜屋」、かつて荒物屋だった手前の建物はこれから町中に点在させていく複数の宿のレセプション機能を持つ「表店(おもてだな)」と名づけられました。

↑手前が表店。脇のアプローチの先にあるのが多喜屋

実は「多喜屋」の完成前、菅組の菅徹夫社長に建築中の現場を案内していただきなから、イタリアには町全体を宿に見立てる「アルベルゴ・ディフーゾ」という考え方があり、「仁尾縁」はそれにインスパイアされたものだと教えてもらったIKUNAS編集部。「多喜屋」に訪れた人がここを拠点に、近くの食堂で食事をしたり、雑貨店でお土産を買ったり、銭湯に浸かったりと町全体を回遊するような楽しみ方ができたら、どんなに活気づくだろう。聞くだけでわくわくするようなストーリーに思いを膨らませていると、菅社長が一言。「まず泊まってみて体感してみませんか」

そんないきさつがあり、IKUNAS編集部はグランドオープン前の「多喜屋」に泊まるという貴重な体験をさせてもらうことになりました。

 

歴史を紡ぎ続けるためのリノベーション

着いてまず目に入るのは、フロント機能をもつ場所となる「表店」です。この地域に多い焼杉と漆喰の壁に、改修前からある日本瓦を一部再利用した、どっしりとしたたたずまい。その脇にあるアプローチは古民家を解体した時に出る敷石や基礎石を使っており、ここを抜けた先が「多喜屋」です。「表店」と同じく焼杉に漆喰の壁、さらには補修された海鼠壁(なまこかべ)がそのまま残されています。

↑建物としての時の流れを感じさせるなまこ壁

安全面を考えて全面葺き替えられた屋根瓦も、本葺き瓦の丸伏と軒先瓦、役物瓦、鬼瓦は大切に残され、生まれ変わった「多喜屋」に使われています。今回新しく使われた帆立瓦は、海の神様・金毘羅さんに詣でる金毘羅街道沿いに多く見られた特徴的なもののようです。残すべきものを残し、そこに新しいものををうまく融合させたことで、まるで何年も前からこの姿であったかのように街並みに溶け込んでいます。

この建物が紡いできた長い時間。たくさんの人がこの扉をくぐったのだと想像するだけでわくわくする気持ちを押さえながら玄関を開けると、床には先ほど外で見た瓦が一面に敷かれています。外壁で使い切らなかった海鼠壁の瓦は、再利用されてこんなところにも。かつては竹釘で壁に留められていたということで、穴の跡もそのまま残っていました。

 

室内のしつらえにもストーリーを求めて

玄関とリビングダイニングを仕切る真っ白な障子を開けると、ふわっと漂う木の香り。全体が温かみある木目のトーンで統一されていて、見た目にもとても落ち着く空間です。しかしよく見ると、場所によって同じ木でもそれぞれ風合いが異なります。早速「これは何の木だろう?」と手触りや香りを楽しみ始めたIKUNAS編集部。

↑ダイニングセットやソファなど、家具は国産の無垢材にこだわって選ばれたものばかり。気に入れば購入も可能

↑玄関脇の書院障子は、もともとこちらにあったものをそのまま残しています。個性的な組手の意匠は、イサムノグチの照明との相性もバツグンです

実は、床板は香川県産檜の無垢材を使い、弁柄を塗った古色仕上げ、杉竿縁天井や床の間の床板は以前の姿のままを残しているのだとか。また大きな窓から見える外のデッキは、宮崎の飫肥杉(おびすぎ)を使用。脂分が多く、木造船に使われていたほど耐久性のある木材だそうです。

さらにキッチンに目を向けると、どっしりと分厚いもみの木のカウンターが目を引きます。ここでは真鍮を使ったコンセントプレートやアンティーク調のモザイクタイルなど、細部にわたる凝ったデザインに目が留まります。奥の扉を開けると、魅力的な食器がずらり。香川県在住の作家さんたちの陶器や、漆のお椀、個性的なカトラリーなど、一つひとつ表情が違う手仕事ならではの風合いを持ち、建物とともにこれから年月を経て、より味わい深くなるような道具がスタンバイしています。

↑真鍮のコンセントプレートが、シックなモザイクタイルによく映えます。こんな細部のこだわりを探すのも楽しい時間

 

せっかくなので、用意されていたガラスサーバーでコーヒーを淹れることにしました。サーバーにも真鍮が使われていて、ハンドドリップの時間も小さな幸福感に包まれます。陶芸家・境道一さんのコーヒーカップに注いで、ほっと一息。表の路地から奥に入ったところにある「多喜屋」は、昼間でもとても静か。テレビもない静寂の空間が、かえって新鮮に感じます。

↑栗材のカウンターが存在感を感じさせる洗面所。床や天井、ランドリーバスケットに至るまで、木のぬくもりに包まれます

ひと息ついた後、宿の2階も見てみることに。まず目に入るのは太い梁。威風堂々とした現しの構造に圧倒されつつ階段を上がると、左の部屋にベッドが2台、右の部屋には畳が敷かれた空間が広がります。

↑吹き抜けの階段を見上げると、頭上に大きな梁が存在感を示します

もともと小屋裏だったために天井が低く、入るときには躙り口(にじりぐち)をくぐるように、「よいしょ」と腰をかがめて。まるで隠れ家のようですが、入ると想像以上に広いことに驚かされます。部屋の中の梁もむき出しになっていて、建築中に大工さんが書いた墨文字にも「いつごろの筆跡だろう?」と興味が湧きます。古民家の魅力は、建物が持つ歴史という時間軸まで体験できるところ。かつては小屋裏だったというこの場所を改築するとき、戦前の新聞紙に包まれた古い陶磁器などがそのまま残されていたという話なども聞くにつれ、どこか神秘的で郷愁的な雰囲気を感じずにはいられませんでした。

↑通常よりは低いものの、身長165㎝のスタッフが立って歩ける天井高があります

→ vol.2へ続きます

多喜屋
住所:香川県三豊市仁尾町丁312
申込・問合せ:古木里庫 0875-82-3837(平日8時~17時)
詳細はこちらから
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